京都地方裁判所 昭和42年(行ウ)2号 判決 1968年5月10日
原告
財団法人白楽天山保存会
右代表者
福井秀一
被告
京都地方法務局
登記官
武田真平
ほか二名
右三名指定代理人
北谷健一
ほか三名
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一、当事者の申立
請求の趣旨
一、被告京都地方法務局登記官武田真平が原告に対し昭和四一年一〇月三一日付でなした財団法人変更登記申請却下処分はこれを取消す。
二、被告京都地方法務局登記官南淳一が原告に対し昭和四二年二月七日付でなした財団法人変更登記申請却下処分はこれを取消す。
三、被告京都地方法務局長西森茂利が原告に対し昭和四一年一一月二九日付でなした財団法人変更登記申請却下処分に対する審査請求棄却裁決はこれを取消す。
四、訴訟費用は被告等の負担とする。
被告等の本案前の申立
原告の被告京都地方法務局長西森茂利に対する本件訴えを却下する。
被告等の本案の申立
一、原告の請求を棄却する。
二、訴訟費用は原告の負担とする。
第二、請求の原因
一、原告の地位
原告は昭和三一年三月二〇日民法第三四条に基き、京都府知事の許可を得て設立された公益法人であり、同月二二日資産の総額を一四、三二九、〇七三円とする設立登記をなした。
二、資産総額変更登記申請
(一) 原告は昭和四一年一〇月二五日京都地方法務局登記官に対し、資産の総額一九、六九六、三三二円を同三四、三〇五、六七七円とする変更登記申請をなし、同法務局登記係官は同日これを受付けた。(以下第一次登記申請という。)
(二) 被告京都地方法務局登記官武田真平(以下被告武田という。)は第一次登記申請書の記載にかかる資産の総額と、同申請書添付書類の財産目録に記載された資産の総額とが牴触するとの理由に基き、同月三一日付をもつて同申請を却下処分に付した。(以下第一次却下処分という。)
(三) さらに、原告は昭和四二年二月六日同法務局登記官に対し、資産の総額一九、六九六、三三二円を同三四、〇四〇、二二五円とする変更登記申請をなし、同法務局登記係官は同日これを受付けた。(以下第二次登記申請という。)
(四) 被告京都地方法務局登記官南淳一(以下被告南という。)は第二次登記申請書の記載にかかる資産の総額と、同申請書添付書類の財産目録に記載された資産の総額とが牴触するとの理由に基き、同月七日付をもつて同申請を却下処分に付した。(以下第二次却下処分という。)
三、審査請求
(一) 原告は昭和四一年一一月八日被告武田の第一次登記申請却下処分を不当として、被告京都地方法務局長西森茂利(以下被告局長という。)に対し、審査請求をなした。(以下本件審査請求という。)
(二) 被告局長は被告武田のなした却下処分が適法であり、取消事由がないとして同月二九日本件審査請求を棄却した。(以下棄却裁決という。)
四、瑕疵の存在
しかしながら、前記第一、二次却下処分、棄却裁決には次のような瑕疵があり、それは少くとも右各処分の取消原因に該当するから、その取消を求める。
(一) 非訟事件手続法(以下非訟法という。)第一二四条の違憲性
非訟法第一二四条は憲法第一一条、第九七条に違反する。すなわち、
そもそも、公益法人の登記手続は営利法人のそれとは異り、単なる対抗要件を具有するための要件に過ぎないにも拘らず、非訟法第一二四条は営利法人に関する規整法たる商業登記法第二四条(一部)を準用する。従つて、これによれば、かりに、同法条掲記の却下事由の解釈をめぐり見解の対立がある場合においても、なお登記官はその一方的見解に従つて登記申請を却下しうることとなり、これが過誤は行政訴訟を提起し、判決確定を得てはじめて是正、救済されるのみとなり、その間、長期間に亘つて登記の対抗力が具備されずに放置されるため、公益法人としての活動は不能に陥り、多大の支障を蒙る結果となる。
かくて、非訟法第一二四条は、かような場合の救済措置を設けず、単に商業登記法第二四条を準用した点において、あまねく国民(法人をも含む。)に基本的人権の享有を保障した憲法第一一条、第九七条に違反するものである。
しかして、非訟法、商業登記法の前記各法条に基いてなされた本件第一、二次却下処分も、前叙同様の理由により、当然、取消されるべきものである。
(二) 手続上の瑕疵
(1) 理由不備の瑕疵
本件第一、二次却下処分には、その理由の記載において不備の瑕疵がある。すなわち、
右各処分書の記載によれば、却下の理由としていずれも、「申請書における記載(資産の総額)が添付書面の記載と牴触するため。」とのみあつて、それ以上の説明はないため、記載上からは表示された数額のみの不一致を指摘するものとしか理解しえず、この観点からすれば、第一、第二次登記申請書および財産目録に記載された「資産の総額」はそれぞれ完全に一致しており、何ら牴触するものではない。
またもし、右処分書の記載が被告等の主張する趣旨であるとしても、記載自体からは到底かような解釈を予想しえないばかりでなく、商業登記法第二四条本文において、「登記官は、次の場合には、理由を附した決定で、申請を却下しなければならない。」旨のいわゆる理由附記の義務を明定した所以のものは、その理由を申請人に容易且つ的確に理解了知せしめ、以後、無用の争訟、渋滞等を回避せんとする趣意に出でたものであることに徴すれば、本件各処分書におけるごときその詳密な説示を怠り、結論のみを概括的に提示したに過ぎない記載は、到底、同法条の要件を充足したものとは言えない。よつて右各処分は取消されるべきである。
(2) 意見開陳手続の瑕疵
本件棄却裁決には、審査請求人たる原告に防禦反論の機会を与えずになされた瑕疵がある。すなわち、審査請求の審理にあたり、一般的には非訟法第一二四条に基づく商業登記法第一一九条によつて、行政不服審査法(以下行服法という。)第二五条第一項但し書の適用が除外され、審査請求に対し、意見陳述の機会を与える必要がないとされているが、これは原処分がその理由附記の要件を充足している場合を前提としているものであつて、前記のとおり、すでに理由不備の瑕疵がある本件第一、第二次却下処分のごとき場合にあつては、行服法第一条、第二二条第三項の趣意に鑑み、審査庁は原処分庁から提出された意見書に対し、審査請求人に防禦反論の機会を与えるべきであり、これによつてはじめて、公正な審査手続に基づく権利救済が完うされるものであるところ、本件においては何らの審尋も行なわれず、意見開陳、反論の機会をも与えられていないのである、当然、取消されるべきものである。
(三) 「資産の総額」の解釈の誤り
民法第四六条第一項第六号にいう「資産の総額」とは、積極財産を意味するものと解すべきであつて、これと異り、積極財産から消極財産を控除した、いわゆる純財産の意義に解釈する被告等の見解は誤つている。すなわち、
およそ「資産」という場合には、積極財産を指称することが一般社会通念であつて、簿記会計の取扱いにおいても、貸借対照表上、借方に記入され、証券取引法第一九三条の準拠する企業会計原則の財務諸表準則においても、資産、負債および資本(純財産)はそれぞれ資産の部、負債の部、資本の部に分類して記載すべき旨規定され、資産と資本とは全く別異に観念されており、進んで、公益法人に関する登記制度の趣旨を検討するも、それはむしろ主務官庁による公益事業の助長、育成にこそ重点が置かれていると考えるべきであつて、被告等主張のように、これを単に債権者保護のみに局限すべきではないし、原告主張の解釈に依拠するも、利害関係人はいつでも登記申請書類、添付の財産目録を閲覧しうることを考慮すると、何ら債権者保護に欠くるところはないのである。
以上、要するに、「資産の総額」は純財産であるとの誤つた見解を前提としてなされた本件第一、第二次却下処分および棄却裁決は取消されるべきである。
第三、請求の原因に対する認否および主張
一、請求の原因第一ないし第三項記載の事実はすべて認める。同第四項記載の事実中、本件第一、二次却下処分の却下の理由が原告主張のとおりであつたこと、本件棄却裁決にあたり、予め原告に意見開陳の機会を与えなかつたことは認める。同項記載の主張の趣旨は争う。
二、本件第一、第二次却下処分および棄却裁決には、原告主張のような瑕疵は存在しない。
(一) 非訟法第一二四条の違憲性について
本件第一、第二次却下処分には、後記のとおり何らの瑕疵も存在せず、被告登記官等が商業登記法第二四条掲記にかかる却下理由の解釈について過誤を侵した事実はない。元来、民法第四六条が法人について一定事項を登記すべきものとしているのは、あらかじめ法人の組織に関する重要事項を公示、登記せしめることを強制し、法人に対し国家がいわゆる後見的民事監督の作用として、法人に対する私権関係の形成の安全化を助長し、もつて私法秩序の安全を期することを目的とする。このため、国家は登記について一定の要式を定め、登記簿上その一定の組織、形式による登記制度を開設し、これを公示制度を保つために最も適するとしている。そして、右登記の要件、形式を定めているのが非訟法にほかならず、同法は単に登記申請要件を定めた条項にすぎず、登記を利用する一般国民にあつても、必要な手続法上の諸要件を遵守すべきは勿論であつて、かりに、登記申請が却下されても、再度、適法な申請をなすことにより登記を完了しうるところである。殊に、本件においては、却下に際し、その理由を被告登記官等が充分に説示し、原告に意見の開陳を求め、申請書補正の機会を付与しているのであつて、非訟法第一二四条が、権利義務の主体に関する公示制度として本来的には共通である商業登記法の第二四条を準用したからといつて、直ちに、原告主張の趣旨における基本的人権を侵害したものとは言えない。
(二) 理由不備の瑕疵について
本件第一、第二次却下処分に際し、被告登記官等は、既述のとおり、原告に対し、同申請が登記法上許されない旨、すなわち、同申請書記載にかかる資産の総額が、添付書面記載のそれと、後記主張の趣意において牴触する所以を説示し、しかるのち、却下処分に付したものであるし、また処分書の記載自体に限定しても、その理由を通読すれば却下原因は明瞭に認識できるはずである。
(三) 意見開陳手続の瑕疵について
本件審査請求の審理にあたつて、被告局長が原告に対して意見開陳の機会を与えなかつたことは、主張のとおり争いのないところであるが、法的には、非訟法第一二四条の準用する商業登記法第一一九条が、行服法第二五条第一項但し書の適用を除外しているので、意見開陳の機会がなかつたからと言つて、違法の問題は生じないし、元来、審査庁が申請人に審尋の機会を付与するか否かは専ら、その自由意思に基いて決定されるべきものであるところ、わけても、本件においては、既述のとおり、第一、第二次却下処分に際し、被告登記官等が原告に対し、充分な理由説示のもとに意見開陳の機会を与え、審査請求に際しても、被告登記官等にその処分の正否を反省させる機会があり、被告局長も、審理にあたつては、被告登記官等にその処分意見を徴しているのであるから、むしろ、実質的には、原告に意見開陳の機会を与えたのと同一の効果を保障したものと言えるのである。
(四) 「資産の総額」の解釈の誤りについて
民法第四六条第一項第六号にいわゆる「資産の総額」が登記事項とされているのは、法人債務の唯一の一般担保となるべき責任財産の現況を公示し、もつて、債権者保護を図ることを目的とするものであることからすれば、当然、純財産を意味するものと解すべきである。
第四、証拠 <省略>
理由
第一本案前の申立についての判断
被告等は、原告の被告局長に対する本件訴えは不適法としてこれを却下すべきであると主張するけれども、本件記録を精査するも、却下すべき事由は認められない。
なお、附言するに、行政事件訴訟法第一〇条第二項が、いわゆる原処分中心主義を採用した趣旨は、原処分を正当として審査請求を棄却した裁決の取消の訴においては、裁決の手続上の違法等裁決固有の瑕疵を主張するは格別、唯、単に、原処分の違法のみを理由にその取消を求めることができないことを意味するものと解されるところ、本件においては、原処分たる第一次却下処分の理由不備の違法を前提としながらも、なお、棄却裁決固有の手続上の瑕疵を主張するものであるから、何ら不適法ではない。
第二本案についての判断
一事案の経緯
原告の地位、資産総額変更登記申請、審査請求に関する請求の原因第一ないし第三項記載の事実は、すべて当事者間に争いがない。
二非訟法第一二四条の違憲性について
原告は、非訟法第一二四条が単に商業登記法第二四条を準用するのみで、登記官による却下後の救済手続規定を置かないことが、国民の基本的人権の享有を保障した憲法第一一条、第九七条に違反すると主張するもののようである。
よつて、検討するに、
原告の主張にいう法人活動の支障なるものが、憲法上の基本的人権との関連において、法的に果していかなる性質のものなりや、極めて不明確たるを免れないところであるが、かりに、それが法人活動の自由権として広義の基本的人権に包摂されるべきものであるとしても、後記のとおり、国家の法人に対するいわゆる後見的民事監督作用として、法人に関する私権関係の形成の安全化を助長するため、一定の形式的手続に基づく登記制度を開設したのが非訟法、従つて、その一環をなす同法第一二四条、商業登記法第二四条にほかならないのであり、それは元来、基本的人権の観念に親しまぬ、それとは係わりのない事柄であると考えられる。
進んで、かりに、同条項が基本的人権の制約に何らかの形で関与する側面を有するとしても、登記申請の却下に理由附記を要求し(商業登記法第二四条本文)、不服ある申請人に審査請求の機会を与え(同法第一一四条)、審査請求にあたつては、原処分庁たる登記官を経由することとし(同法第一一五条)、登記官に意見書の提出を求め(同法第一一七条)、裁決に理由を附する(行服法第四一条第一項)等の諸条項を定め、もつて、原処分および裁決手続の適正を期していることを考えると、以後の救済が裁判手続だけであつて、これが解決に多大の日時を要するとしても、その故をもつて、申請人の権利保護に欠けるところありと断ずることはできない。
以上、いずれの見地よりするも、原告の主張は理由なきに帰する。
三理由不備の瑕疵について
原告は、本件第一、第二次却下処分には、理由の記載に不備の瑕疵がある旨主張するので、この点について検討するに、
各却下処分書には、却下理由として、「申請書における記載(資産の総額)が添付書面の記載と牴触するため。」と記載されていることは、当事者間に争いがなく、右事実に、<証拠>によると、原告は本件第一、第二次登記申請にあたり、いずれも、登記事項である「資産の総額」を、各添付にかかる財産目録の記載上、積極財産を意味する資産の総額をもつて表示し、負債を控除した純財産を表示したものでないことは計数上明らかである。これに対して、被告登記官等は、前記理由を附記して却下したもので、その理由とするところを合理的に解釈すれば、同被告等は、「資産の総額」をもつて、積極財産から負債を控除した純財産を意味するとの見解に拠つて、本件申請にかかる「資産の総額」が、財産目録の記載によつて算定される純財産の数額と牴触するとの理由によつて却下したものであることを充分推認しうるのであつて、右趣旨の説示として、簡潔に過ぎ、多少妥当を欠いた恨みのあることは否定し得ないが、だからといつて、取消さねばならない程の瑕疵は存しない。
よつて、原告の主張は理由がない。
四意見開陳の手続の瑕疵について
原告は、本件棄却裁決には、原告に防禦反論の機会を与えずになされた瑕疵がある旨主張するので、この点について検討するに、
本件審査請求の審理にあたり、被告局長が原告に意見開陳の機会を与えなかつたことは当事者間に争いのないところであるが、非訟法第一二四条、商業登記法第一一九条によつて、行服法第二五条第一項但し書の適用が除外され、審査庁は申請人に意見を述べる機会を与える必要がないのであるから、これを欠いたからといつて、何ら瑕疵の生ずる余地はない道理である。原告は行服法第二五条第一項但し書の適用の除外されるのは原処分が理由附記の要件を充していることを前提とすると主張するが、原処分の附記した理由は簡潔にすぎるとはいえ、充分その要件を充していると認められること、前記のとおりである。なお、原処分庁から弁明書の提出がなされた事実の認められない本件においては、行服法第二二条を適用する余地はない。その他、意見開陳手続の必要性を定めた法律上の根拠はない。
五「資産の総額」の解釈の誤りについて
原告は、民法第四六条第一項第六号にいう「資産の総額」とは、積極財産を意味するものと主張するので、この点について検討する。
同条項が一定の登記事項を定め、その変更を生じたときも、一定期間内に登記すべきことを義務づけ、その変更をもつて他人に対抗しえないものとしたのは、権利主体たる法人の活動から生じる取引関係について、不測の損失や、紛争を招来せしめないため、重要事項を公示せしめることにしたものであり、その懈怠に対して、過料の制裁を科し、国家の法人に対するいわゆる後見的民事監督の作用として、法人に関する私権関係の安全化を助長し、もつて私法秩序の安定を期することを目的としているものである。
この趣旨に鑑みると、同条第一項第六号において、「資産の総額」を公示すべきものとしているのは、法人の責任財産を公示し、これと取引関係に立つ第三者を保護するためと考えられる。取引の安全を保護することは、ひいては法人の信用を高めることであり、法人の私権関係の安定するところでもある。この観点からみると「資産の総額」とは積極財産よりも、むしろ、純財産を公示することの方が一層この趣意に叶つていることもまた明らかであろう。他の法令の取扱いいかんは、その立法目的、趣意を異にするものである以上、何らこれと同義に解さねばならぬ筋合のものではない。
よつて、これとは異つた見解のもとに、処分の違法を主張する原告の見解は採用できない。
六結語
以上の次第であつて、原告の主張はいずれも理由がなく、本訴請求は失当であるから、棄却することとし、訴訟費用の負担については民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。(久米川正和 阿蘇成人 大藤敏)